ずっと見ていた [サイドストーリー]

長い間…、私はアンドレの気持ちを知らずにいた。
父上や母上、育ててくれたばあやよりも…誰よりも長く一緒に生きてきたのに。酷い話かも知れないな。全く…。私は、自分の事となるとこの手の類いは苦手だ。
ふんっ!おまえも、なんとも上手に隠して来たものだな。俳優になれるぞ。ハハッ。だが、転職は私が認めぬぞ。肝に命じておけ。

私は青春の日々を掛け、ずっと、フェルゼンを想い、焦がれ、傷付き、ただ一度ドレスを纏って自分の気持ちに決着をつけた。後悔はしていないよ。
もう、あんなに誰かを想う事はないと思っていたよ。本当だ。

あの頃…。おまえの気持に、私が気付いていたら、ジャルジェ家でのおまえの立場は違うものになっていたかも知れないな。そうは思わないか?
私付きの従卒ではなくなっていただろうな。

何を言う!私だって、返してはもらえぬ想いを抱えて生きる辛さは、…知っているつもりだ。
自分ではない人間に、その人の想いが向いている事を知っているから、友の信頼を裏切らぬように振る舞ってしまうものだ。悲しい程に。そうだろう?
自分は友として存在する。厚い友情と信頼で結ばれている。だからこそ、壊さぬように裏切らぬように過ごす。まるで、拷問だ。
私がおまえの気持を知っていたら…、おまえをそんな場所から遠ざけたかもしれないだろう。
 そんな事はさせないって?…だから隠してきたのか?離される事をおそれたのか?誰にも悟られぬように、気付かれぬように私の傍に居たのか?
フェルゼンを想う私を、ずっと傍で見ていたのか、おまえは…。
私達は、幼い頃か一緒に居た。でも、あらゆるものが違った。身分も、価値観も、生い立ちも。人生もだ。
言っただろう…その手の類いは器用じゃない。大抵の貴族達のように、結婚と恋愛を分けてなど考えられない。その上、帯剣貴族のジャルジェ家の跡取りとして生きてきたのだ。
誰かと想いを通わしながら生きていけるとは、夢、思っていなかったよ。
そうだろう?貴族の結婚相手は「貴族」と決まっていたし、おまえとなんて、考えてみた事もなかった。おまえだってそうだろう?
 人とは不思議な生き物だな。法や社会のルールで決まっていても、心の方は勝手に動いて行ってしまう。許されない事とわかっていても、愛されないと知ってはいても、心は向かって行ってしまう。
 アンドレ、おまえは長い間、辛い事実を傍観しながら、私の傍に居てくれたのか?
周囲は私を「ベルサイユの氷の花」と呼んだ。でも、違う事を知っているのはおまえだ。
私の激しさも、弱さも…時には涙さえも、受け止めてくれていた。父上や母上に話せない事も、おまえにだけは話せた。
「素顔」のオスカル・フランソワで居られたのは、おまえと居るときだけだ。人に見せたくない自分も、隠すことなくさらけ出せた。まるで兄弟のように…、それ以上に近い存在だった。

私の、そんな姿をずっと、どんな気持ちで見ていたのだ…?
聞いたらこたえてくれるか…?答えは、いつもと同じか?ふふっ。

「ずっと、おまえを見ていたよ。オスカル。おまえを想っていた。」

変わらぬ笑顔を浮かべて、答えにならぬ答えを言う。

主従関係である事も、異性であることも、取るに足りないくらいの強い信頼と友情で結ばれていると信じていたよ。
ベルサイユ宮や近衛や宮廷で、アンドレを情夫や愛人と揶揄されようと気にも留めなかった。真実は違うのだから。
性別など、超越した私達の友情だと信じていた。
あの日…、おまえの激しい情熱をぶつけられるまでそう思っていたよ。

初めて、敵わないおまえの力を知った。
ずっと、剣では私が上だっただろう?手加減していたのか?そんなことはないか。おまえは優しいから…。私の剣の相手が務まらないレベルではだめだからな。あははっ。仕込んだのは私だ。見事な教え方だったろう?そこいらの衛兵隊員にはひけをとらないしな。

初めて、おまえに勝てないと知った。
体力も力も、男のおまえの方が数段上だと知っているよ。でも、勝てると思っていた。
ずっと主人である私が、おまえを庇護していると思っていたよ。ベルサイユの醜聞や世間の目からも、堂々と二人で行動することが、何もない事の証明だと思っていた。
本当は…おまえに守られていたんだ。馬車を襲撃された時も。父上の刃からも。

初めて…、おまえが怖いと思った。
男のおまえが本気だったら、いとも簡単に組伏せられてしまうのだと知ったよ。
不思議だって?父上に成敗されると思ったか?覚悟はしたのか。フン!殊勝だな。
そう言われれば…そうだな。ふふっ。
考えても見なかった。おまえが、二度としないと誓ったから信じたよ。
何事もなかったかのように、二人は変わらなかったろう?…処罰された方が良かったのか、おまえ?
私は嫌だ。
…えっ?危険人物だろって?アントワネット様の馬を暴走させた時もだが、あんな事をして咎められないのは、おまえくらいかもな…。ふふふっ。ああ、笑ってしまうよ。考えもしなかったよ。遠ざけようとは思わなかった。
…えっ?さっきと言う事が違うだろって?…そうか!?…そうだな。気が付かなかった。
二十代の頃とは違ったんだ。無意識におまえを求めていたのかも知れないな。
そもそも、傍に来てくれと部屋の中に招き入れたのは私だった。フェルゼンを諦めたのが辛くて…。傍に居て欲しかったんだ。まさか…ばあやに泣き付くわけにもいかないだろう。
…だから、必要なのだ。…おまえしかいない。遠ざける気はなかった。
私には、おまえのサポートと優しさが必要だったから。
初めて知った、おまえの力強さと激しさ…情熱も…嫌いじゃなかった。
…初めて…、一人の男性として見みつめた。私は女性で、おまえは男性なのだと強く意識した。
おまえの…熱い唇が…私に刻み込まれたんだ。違うんだ…他の誰でもない、おまえでなければいけないんだ。

ワイングラスを叩き落とした後くらいからだったか?
おまえは、私への想いを…視線を…隠さなくなった。それまで以上に誠心誠意尽くしてくれた。屋敷の使用人達も、父上も母上も周知の事実になった。誰も咎めはしなかったろう?ばあやだって。それほど、皆に信頼されていたからな。
ああ。気にするな。結局、何もなかったんだから。あれは、旨くないワインだったんだろう?
人間だから愚かな時もある。そんな時、いつもそうだが、おまえは自分で踏み止まるじゃないか。私を守ってくれている。

 私は、おまえに愛されていると感じた。いつも、おまえの愛にさらされて守られていた。それは…嫌じゃなかった。本当だ。むしろ…好ましくさえ思った。私の心が望んでいたんだ…誰かに愛される事を。
私達二人が、「男」と「女」だと意識した。私の中の女性が目覚めた。…おまえのせいじゃないか…!
 
ああ…おまえの胸はあたたかいよ。ずっと、ここに居られたら…どんなにいいだろう。
髪を撫でてくれるおまえの手が好きだ。
私が望む限り…ずっと抱きしめていてくれるおまえが好きだ。
熱っぽい唇も、甘い吐息も、優しく激しい口づけも全部。
懐かしいおまえの香りが…何もつけてはいないはずなのに…おまえの香りが私の胸を騒がせる。
こんな気持ちは知らなかったよ。想いを交わし合った相手と生きるのは、これほど胸を焦がすのか…これほどに深い想いが、湧いてくるものなのか…?
私は強欲だ…もっと、おまえが欲しい。私はこれほど愚かで、弱い人間なのだと知ったよ。
そうだな…私は変わってなどいない。気が付かなかっただけだ。この手の類いは苦手なんだ。気付かぬように、おまえが支えてくれていたからな。私に気付かせた罰だ。どう責任を取ってもらおうか?…ふふっ。今日のところは、甘い口づけで許してやるよ。

「…アンドレ。」

もう一度、口づけてくれる。この私が口づけをせがむなんて、誰も知らないだろう。…そう…おまえの特権だ。おまえだけだよ。「女」の私を見せているのは。
おまえと居ると、「女」の私が顔を出すのだ。…意識しているわけでもない。止めようとも思わない。「オスカル・フランソワ」がここに居るだけだ。
女である事を隠した事はないが、ずっと男として生きてきたのだ。男らしくあろうと、強く、潔く生きようとしていたのに…。そのままだって?外見はそうかもな。軍服を着ているし、私の生い立ちを知らぬ人間は、大抵、男と思うからな。
私は、一人では生きられないと知った。…強い愛が欲しかった。誰かに支えて欲しかった。おまえが傍に居てくれたから…愛する事が出来た。いつも傍に居たのが…おまえだからかも知れない。偶然と呼ぶのか?運命か?
ああっ!何とでも言ってくれ。笑うんじゃない。わかっているよ!だから、傍に居たんだろ!アンドレッ!

ジェローデルに聞かれた時すらわからないままだった自分の想い。
「アンドレ…グランディエですか…?彼のために一生、誰とも結婚しない…と?」
一つ目の問いにはうなずいた。
「愛して…いるのですか…?」
二つ目は答えられなかった。
今は違うよ、アンドレ。苦しいくらいに、おまえを愛している。
世間や宮廷は、「愛人」とか「間男」とか呼ぶのだろうか?私はおまえを落としめているのか?
私に縛り付けておく事は、おまえからいろんなものを奪っていやしまいか?

おまえは、微笑むだけだな。

そんな、…おまえが好きだよ。要らぬ事は言わない。私が欲しい言葉を言ってくれる。欲しい愛をくれる。不思議なほど控えめで。おまえが傍に居る「今」が愛おしい。
この身体に巣食う病も、このフランスの動乱も…、明日がどうなるかもわからない。
だから、「今」おまえと居たい。先の事はわからないからこそ、「今」はおまえの腕の中で甘えていたい。
許してくれるか…。何も告げない私を。
この病を告げても、おまえはきっと、変わらないのだろう?変わらず、…いや、これまで以上に私を愛してくれるのだろう?
おまえの事だ、気付いているのかもしれない…。言わなければ、いつまでも黙っていてくれるのだろう?…私の最後のわがままだ。許してくれ。言わなくてもわかっているよな…。きっと。

「俺は、ずっとおまえを見てきたよ。想ってきた。これからも傍に居るよ。オスカル。愛している。」

「アンドレ、愛している。」

2013.4.25


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