あと少しの時間 [サイドストーリー]

「アラ~ンッ!班長~っ!」
ったくなんだよォ。うるさいなぁ…。こちとら、三部会の夜警明けなんだぜ。寝かせろ~っ!!
「たっ、たっ、大変なんだ。見ちゃったんだよォ、俺!」
「なんだぁお前たち。おばけでも出たってかよ。」
「おっ俺…おっ、おば、お化けの…方が…よっ、良かった。ヒック。グスン。」

まったく、こんな夜明けになんだよ。昼の警備に備えて、少しでも寝ておかないと辛いんだよ、こっちは!
 どうやら神経が張りつめる三部会の警備で、たまってしまった憂さを晴らしに飲みに行っていたやつらが、帰り道に何か見たらしいが…。

「たっ、隊長とアンドレが~っ。一緒に居たんだよ。」
「…はっ?奴が腰ぎんちゃくなのは、今に始まった事じゃないだろう。」
「違う!ひっついてたんだよ。こう…シルエットが重なるように、なんて言うか、顔が近付いて…うぎゃあぁ~っ。思い出しちまったじゃんかよォ(泣)」
「隊長~っ!年下は好みじゃないの知ってるけど、ヒック。第三身分のアンドレがOKなら、俺らだって良いはずじゃんかよォ(泣)」
「おまえら、さっさと顔を洗って酔いを醒まして来い!おおかた、そこいらにゴロゴロいる金髪の姉ちゃんと黒髪の兄ちゃんのラブシーンさ。直に交代だぞ、てめえら!!」

ふんっ。あいつらめ…。アランは頭を掻きむしった。
俺も、先一昨日見ちまったよ~ォ!
見たくなんざなかったが、見ちまったもんは仕方ない。クソッ!!

その日は、なんだか寝付けなくて、ふらりと兵舎から外気を吸いに外へ出た。
そうしたら、二人がいた。
月明かりの綺麗な夜。周囲には人影は見当たらない。
当たり前だ。隊員達は長丁場になっている三部会の警備で疲れ切って眠っているか、議場の夜警についているか。居なくて当然だ。
俺みたいに夜中にうろついている奴なんて、そうはいない。

遠目に、…ただなんとなく二人を見ていた。
いつもは隙がない二人だが、雰囲気何か違う…と思った。
俺は細かいとこに気付く質じゃねぇ。
それでもここ最近、なんとなく疑わしいと思う事はあった。

 朝の出仕の時、上級将校専用の馬車停めで、降りてくる隊長に手を差し伸べるヤツ。
見慣れているはずの光景なのに、違う雰囲気を感じた。
あれは…手が触れている時間が長くなった?
確信があるわけじゃねえが、名残惜しそうに手を離している…気がした。
兵舎や司令官室、いろんな場所ですれ違いざまに言葉を交わすやつら。
それは日常風景だ。
しかし、…だ。確認やら打ち合やらしているようで、かすかに触れては離れている指先の動きが、何か…気になる。他の隊員達は何故気付かない?考え過ぎか…?

…あ~あ。はんっ!
やつらがお互いを大事に想っているのは、俺たちだって知っているさ。
だってよぉ…。日頃は落ち着いた雰囲気のやつが、珍しく荒れ放題に荒れていた頃。
アンドレが兵舎でけんか騒ぎや発砲騒ぎをしでかしたって一件、隊長が…ありゃ握り潰したんだろうな。
大事な人間を営倉にいれたくないってか?
いや!離されたくなかったんだろうが。隊長、そうだろう?
あんだけの事やらかして、営倉に入らねぇなんざありえねぇ。
まあ、奴があんなことをしでかすってえ事の方が、あり得ねぇ話なんだがな、隊長さんよ。
それほど、奴にはあんたが全てってことさ。
パリから重傷を負って帰って来た時も、軽傷のあんたに比べて奴の怪我はヒドイもんだった。
庇ったんだ、愛しい人を。護衛としてでなく。
とっとと現場復帰しやがったがな。

なんて言うかよ、見ているのだってもどかしいってんだ!
ベルサイユの大貴族ってのは恋愛事には精通してるって聞くが、あてはまらねぇ典型だな。
ところが、この日は違った。


「馬車の支度が出来たぞ。オスカル。」
議場の警備の上に、ベルサイユへの報告書や連絡、明日の警備の打合せに忙殺され遅くなってしまった。オスカルの顔色は悪い、きっと、多分。
声に疲労を感じる。夜目では、俺にはほとんど見えない…から。
「ああ。遅くなってしまったな。侍女たちには、先に休んでおくように言っておいてくれたか?」
「大丈夫だ。着替えと湯あみ以外は俺がやると言ってあるから。」
「私も軍人のはしくれ!身のまわりの事は自分で出来る。」
「わかっているよ。侍女たちの気持を軽くするために言っただけだ。他意はない。」
「隊員達はもう休んでいるか?」
「心配ない。ダグー大佐が、早めに休息をとれるように取り計らってくれたよ。休暇もままならない状況では、シフトの組み方ひとつ、休息の取り方にも注意を払わないとな。けが人や病人が出かねない。おまえも然りだ。隊長が倒れては隊の士気にかかわる。」
「ふふっ。そう言うな。職務から離れたこの時間は、私には掛け替えのないものなんだから…。アンドレ…。月が綺麗だ。」

何があったか知らないが、馬車まで距離があるってのに、アンドレの奴が差し出した手に、隊長がそっと手を添えた。
と思ったら、グイッと引き寄せたかと思うと、あっと言う間に抱きしめていやがった。
しかも、隊長さんは無抵抗だぜ!全く!
その上、俺様に息を吸い込む暇も与えず、キスシーンを展開しやがった。
なんだってんだ、あれは?目の毒だ!
こっちは男所帯の軍隊にいるんだぜ。
少しは考えてくれ!!

だけどよ、俺にもデリカシーってもんは存在する!!
じっくり見たい気持ちはあったがね、ふん!
すぐさま、その場を離れたよ。
おまけに、蹄の音がして馬車が走り出すまで…見張りまでしてやったよ!!
他の奴らに見られたらマズイだろーが。
ちなみに、た~っぷり見張らしてもらいましたよ。隊長!かなりの時間ね!
まっ、あいつらにゃ僅かな時間でしかねぇんだろ。ご多分に漏れずね。


あ~あっ、複雑な気持ちだったさ。あんなの見ちまうと…な。
ライバルどころか、張り合えるなんて最初から思ってねえけど、事実を目の前にしちまうと辛いもんはあるさ。

見た事もない表情だった…。あんな顔をするんだ…、アンドレの前でだけは。
…隊長、まるっきし「女」でしたよ。軍服なのにリアルに女。
しかも、…なんだ、その、えっと、安らいだ表情とでも言うか…。
あんな顔するのか?心を許した男の前では…ってか!
アンドレも普段の従卒の顔じゃなくて、隊長を見る目は惚れた女をみつめる目だった。
たま~に、苦しげな顔と一緒に一瞬見せていた顔。
普段は絶対に俺たちに見せない表情。
一幅の絵画をみるように、ピッタリ似合っていた。
なんだってんだろうな、身分が違うってのは。
あんなに…悔しいがよぉ…お似合いの二人を不義の存在にしてしまうらしい。
けっ!馬鹿らしい!
そんなの、バカ大貴族達が作ったルールじゃねぇかよ!
そうは言っても、この俺様にだって周囲に知れればどうなっちまうかぐらいわかってる。
まっ、二人の事を俺が誰かに言う義理もないし、知らせる必要もない。
表沙汰になったら、…そりゃマズいだろう!
俺はとっとと寝る事にした。眠れなかったがね!


ガラガラガラッ。馬車がお屋敷につくまでにはまだ間がある。
黄金の髪を手で愛しげに梳きながら言った。
「少し眠った方がいい、オスカル。」
「こうしていていいか?」

「う…ん。口付けながら眠るって言うのは聞いた事ないな。」
「はははっ。違う、おまえの腕の中に居たいんだ。アンドレ。」
「少し周囲に気を配るって言うのは必要だ。宜しくない人間に知れたら…。
俺はともかくおまえは…。」

もともと、様々な局面を考え配慮するアンドレは、私達の関係について、考えるところがあるようだ。
…最近、特にうるさく言う。
私だって考えていないわけがない!
そもそも、考え過ぎていたからこそ…、おまえに気持ちを伝えるのに…こんなにも時間が掛かったのではないか!!
今だって、考え過ぎてる。
私は…我が侭だ。
おまえの心を知りながらも、応えられずにいたくせに、自分の都合で頼ってばかりいた。

わが身に巣食う『病』に怯えながら、おまえ無しでは生きられない。
おまえが居なければ…正気を保てやしないだろう。


「私は…構わない。おまえは嫌か?」
「俺の気持は変わらない。だが、おまえをスキャンダルに晒すつもりもない。」
「これでも、屋敷の中に留めているつもりだけど。
昨晩は、おまえだからな。月夜だからって、堂々としたものだったぞ。」
「あれは…!」

あれは、オスカルがあまりに美しくて。
夜目のほとんど効かない俺だけれど。
だが、そよぐ風になびく髪が綺麗だった。
俺の名を呼ぶ声が、甘く切なく耳に響いた。
「アンドレ…。月が綺麗だ。」

ずっと、触れてはいけないと言い聞かせて生きて来た。
幻だろうか?
…女神が触れてもいいと微笑んだ気がした。
奇跡のように、抗うことのないおまえがそこにいた。
抑えきれずにその手を引いて抱きしめたら…、俺の腕の中なのに…口付けを待っているおまえが居た。
俺が、…抑えられるわけがなかった。

「アンドレ。おまえだって気が付いているのだろう?侍女達は知っているよ。
多分、使用人達はほとんど。
ジャルジェ家の使用人は躾が行き届いているようだな。
見て見ぬ振りは、基本だろう。」
「オスカル!おまえ…、言ったのか?」
「まさか!?…私付きの侍女マチルダに言わせると、しゃべったも同然なのだと言われたよ。」

マチルダは既婚で、ほぼオスカルと同年代、夫もジャルジェ家に勤めている。
夜遅くなる事も多いオスカルにあわせるには、高齢のおばあちゃんでは年齢的に厳しいだろうと、奥様が数年前から付けられた侍女だ。

「そんな顔するな…。言われたんだマチルダに。
『オスカル様、何か良い事がおありでしたか?まるで、恋をなさっておいでのようです。侍女達の話題にのぼっていますよ。』って。私はそんなに解り易いのか?」

アンドレは少し考え込んだ。眉間にしわが寄っている。
…私達は、考えなければいけない事だらけだ。
ああ、そうだ。私達の関係は…そう…秘めなくてはいけないから。

貴族の社会では情事など、珍しくもないだろう。
そ知らぬ振りをするのが礼儀というものだ。
でも、私たちは『情事』ではない!
アンドレは私の情夫ではない!
生涯ただ一人、互いに思いが通じ合った相手だ。
私が相手というだけで、おまえは日陰の存在になってしまうのか?

「…屋敷での立場が悪くなるか…私のせいで。」
「まさか!逆だよ。俺を怒らせたら、お嬢様に告げ口されてしまうからな。」
「おまえは、そんなことする奴じゃない!…私のせいで孤立してしまうのか?」
「…俺が、何年お屋敷に居ると思っているんだ?
少なくともジャルジェ家に古くから居る使用人達は、遠巻きにしたり、距離を置いたりなんてしないよ。家族みたいなものだから。
ただ、どう扱ったらいいかは、戸惑ってはいるみたいだけどな。」
「?!って事は、みんな知っているのか?」
「あっ!と。いや…その…、古い連中はな。
『アンドレ、オスカル様を大切にして差し上げてくれ』と
昨日、ポールに言われたよ。どうやら、俺はシンプルで解り易いらしい。」
「おまえ…、屋敷でニヤついているって言う事なのか?」
「うっ!。そう言うな。」

言い難いけど長い年月、ただひたすらに耐え忍んできた。
隠しに隠したあげく暴走してしまった後も、おまえに向かわぬように押さえ込んできた想い。
はぁ~っ、ため息が出た。
仕方ないな。おまえを見掛けるだけで、俺は柔らかい表情をしてしまうらしい。
お屋敷にいる時は特にそうだ。
軍服を脱いでしまうと、少し気が緩んでしまうのだろうか。
衛兵隊ではさすがにマズイし、今まで通りポーカーフェイスを心掛けてはいる。
それだって司令官室で誰も居ないとなると、俺の表情は自然になごんでいるようだ。

「…母上に言われたよ。『オスカル、何かありましたか?最近、柔らかい表情をしている事がありますね。特に、誰かさんと居る時はね。フフッ。』と。私もどうやら駄目らしい。」
「えっ?奥さまに?!……それはマズいな。」
「!?」
眼光鋭くオスカルは睨み付けた。
気にしていただけに、カチンとくるではないか!

あの晩、そう…おまえの力で父上の刃を逃れた日。
本当に長い間、私を想い支え続けてきてくれたおまえへ、私の想いを告げた日だ。
おまえは一生、私一人だと誓ったはずだ!
身分違いを理由に反対するなら、母上はあのような事はおっしゃらないぞ!
そのようなお方ではない!
何より幼い頃から息子のように、おまえを慈しんでこられた方だ。
こん畜生!!
解っている。二人の関係は白日の下で公表出来るものではない。
周囲に知れ渡ることには注意を払わないと駄目だ。
だけど、相手が私では「マズい」とハッキリ言われると…何と言うか…こう…ムカつくではないか!

なんだか、負のスパイラルにはまり込んでしまったぞ!

ああ、そう!私はもう若くはない!
さらに、男として生きてきた武官の身だ。
母上のような生き方も、今更できっこない!!!

「?!」

そうなのか?
アンドレは、そういう暖かい家庭を持つことを願っているのか?
私では決して叶わない人生を望んでいるのか?
ええぃ!!くそっ!この期に及んでそんなの許さないからな!

更に睨み付けながら言った。
「…若い娘に目移りして、私をお払い箱になどしたら父上も母上も黙ってはいまい!」
「……何が言いたい?」
「今さら後悔しても遅いという事だ!!」
「無いさ。一生、おまえひとりだけだ。」

なんだ!アンドレの奴、顔色一つ変えずに即答じゃないか!
腹が立っているのに頬が熱い。

オスカルの奴、…何を言ってるんだ…?

馬の嘶きが聞こえ馬車が止まった。屋敷に着いたな。
いつも通り先に馬車から降りると、アンドレは手を差し出した。
オスカルは手を添え馬車から降りる。
「!」
えっ?目を疑った。アンドレは手を離さずに玄関へエスコートして行く。
「おっおい!アンドレ!」
「部屋までエスコートさせて下さい。」
「なっ何を、わけのわからん事を!あっ、あの、手を…手を離せ…。」
消え入りそうな声になってしまう。
幼い頃は手を繋いで走りまわった。何百回、何千回とつないできた。
今さら…。何故?振りほどけばいいのに出来ない。
ああっ、どうしよう!使用人達が見ている。なのに、この手を離せない…離したくない。
アンドレは涼しい顔をして歩き続け、とうとう私の部屋の前に着いてしまった。
私の為にドアを開け、再び手を取った。
「どうぞ。着替えが済む頃に迎えに来るよ。」
私の手にキスを落とし、自分も着替える為に自室に引き上げて行った。

心臓がドキドキしている。
屋敷中の人間が見ている前で、何ごともなく平静に…どこかの令嬢をエスコートするように振る舞うアンドレ。
この屋敷で育ったアンドレは洗練された身のこなしや礼儀作法、立ち振る舞いは完璧だ。
女性のエスコートだってお手の物だろう。
しかし、今までアンドレがエスコートした相手は、母上とロザリー、ばあやぐらいか。
……それは私のせいだ。
常に私と行動しているか、屋敷の仕事をしているか。
若い娘を誘ってデートなどしている暇は、そうなかったろう。
いや、色恋沙汰に関して人は、どうやっても時間を捻り出すものだ!
私がおまえを粗末にしていただけで…。
後悔先に立たずか!!
その端正な顔立ち、全てを受け止めてくれる人間としての器の大きさ、…女が放って置くわけがない。
あいつにその気さえあれば…引く手余多なのは明白だ。
今からだって若い娘を娶り、子供や家族に囲まれ愛して暮らすことは簡単だろう。
私が相手では…叶わないアンドレの人生。

あれこれ考えているうちに、マチルダはさっさと着替えの用意をしてしまった。
「オスカル様。そろそろ着替えませんとアンドレが来ますよ。」
追い立てられるように軍服を脱ぎ、ブラウスに袖を通す。
「御髪を梳きましょう。」
マチルダは丁寧に髪を梳いてくれた。
「オスカル様。なんてお美しいのでしょう!それに、お綺麗な黄金の御髪が輝いていますよ。女の私でも見惚れます。」

コンコン!!
部屋の扉がノックされた。
「アンドレが迎えに上がりましたよ。オスカル様。」
いつも通りのお仕着せを着たアンドレが、やさしい笑みを見せて立っていた。
「わたくしは、下がります。」
部屋の扉を閉めてマチルダがいなくなった。

「オスカル…綺麗だ。」
ドキン!途端に頬が熱くなる。
最近、おまえはそんなことをサラリと言うようになった。
「晩餐に行かなきゃいけないが、その前に…。」
おまえの暖かい胸に引き寄せられ抱きしめられた。
熱いキスがたくさん降ってくる。…おまえは私でいいのか?
こんな…こんな普通とは呼べない人生を送っている私でいいのか?
口をついて出そうになった。

「オスカル…おまえは俺でいいのか?…何も持たない、こんな男で…。」
「えっ?」
「俺には…何もないよ。
おまえの手足となって支える以外、何も持たない男だ。
おまえの護衛と言っても、剣の腕はお前の方が立つし。
おまえを愛しているこの想い以外、誇れるものは何もない。」
「!」
「だけど、俺は生きてきて良かった。
お前を愛する許しを得た。…こんな…こんな幸福なことはない!
おまえの頬に触れ、おまえの薔薇の唇に口づけることが出来る。
この…俺の腕の中におまえが居る。他の誰でもない…おまえが…オスカル!!」

抱きしめられている腕に、一層力がこもる。
オスカルの頬を涙が滑り落ちていった。
「アンドレ…私は…。」

「おまえを不安にさせたなら謝る。本当にすまない。」
「アンドレ…!」
「俺にはおまえしか見えていない。本当だ。」
「…じゃあ、どうして、私たちの事が母上にバレたら『マズい』などと…。」
「おまえを貶めてしまうから。」
「まさか?!」
「オスカル、俺はおまえと居る時は冷静でいたいと思っている。」
「以前からそうじゃないのか?」
アンドレはフッと微笑んだ。
「抑えなくてよくなった想いは、激流になっておまえに向かう。
周囲や状況を考えずに、感情で振る舞ってしまいそうになる。
…だから、強いて冷静でいなくてはいけないんだ。」
アンドレの口唇が額を、頬を滑って行く。
「しかも、第三身分の俺だ。おまえには相応しくない。
まして、おまえはジャルジェ家の跡取りだ。
俺は、…成敗されても文句の言える立場じゃない。
…だから、おまえの傍に居られなくなるくらいなら、俺たちの事は伏せていたい。」
「アンドレ!」
「俺はおまえの傍に居たい。おまえなしの人生など要らない。本当だ。
その為の態度が冷たく感じたのなら…悪かった。ごめん。謝るよ。」
グイッと引き寄せられ抱きしめられた。痛いほどに強く。

うれしくて、アンドレに身をすり寄せた。

甘く切ない口付けを繰り返す。小鳥がついばむように。
そして、より深く忍び込むように。互いを注ぎ込むように。

アンドレは、いつでも私の意志を尊重し自分の考えを表すことは滅多にない。
だけど、恋人としての時間はハッキリと態度を表す。
私を引き寄せて抱きしめる。
断りもなく(当たり前か!?)口付けする。
こういう類のことに慣れていない私が、身を固くしていても…お構いなしだ。
最初は驚いた。これが、アンドレの男としての一面なのか?!
理由はないが…胸がときめく。
うれしくて不思議と心地よい。
そう言えば、アランやフランソワ達との会話を聞いたことがある。
私に見せている穏やかな態度とは違う、荒っぽい男同士の会話だったな。
私の知らない一面の、男っぽいアンドレ。
胸がときめく。アンドレの私への情熱。
ワザと抑えるために、苦労しているなどと…思いもしなかった。
ただ、嬉しい。

「そろそろ晩餐に行かないと。旦那様達を待たせてしまうぞ。」
「…うん。」
「手をどうぞ。エスコートさせて下さい。」
「アンドレ?」
「オスカル。おまえは本当に綺麗だ。
俺は、ずっと、おまえを女としてしか見たことはない。どんな時も。」
「…ばか…。」
「お屋敷の中でなら、もう隠さないよ。」

…おまえには、なんでもわかってしまうのか?
私の不安など手に取るように伝わってしまうのか?優しいアンドレ。
おまえの言葉は、私を天上界にまで押し上げてしまうぞ。

「良いのか?私でも…?」
「オスカル、おまえでないと駄目だ!」
「失うものは多いのに?」
「おまえを愛する許しは、この世の最上の幸福だ。」
「一生このままでも?」
「…俺は…おまえのいる人生がずっと欲しかった。
ずっとだ。他に望むことなどない。
…ただし、…おまえが…俺にあきたなら仕方ないが…。」
「アンドレ、おまえが傍に居てくれるなら…私はそれだけでいい。」
「ありがとう…!最高の言葉だ。」
ドキンと胸が高鳴る、おまえのとびきりの笑顔。

晩餐の席へエスコートすると、いつも通り給仕の仕事に就くアンドレ。
こんな日常の食事の時でさえ、互いの身分の違いが身に染みる。
幼い時は、共にテーブルを囲んだ時もあった。

今は、遠乗りや訓練中の野外と限られる。
当たり前だったことに、苦しさを覚えるようになったよアンドレ(オスカル)。
手の届く距離に居ながら、目に見えない壁に隔てられている事実を痛感するよオスカル(アンドレ)。
こんなに近くに居て魂を寄せ合って生きてきたのに、
…本当なら交わることのない者同士だった、私達(俺達)。

だけど、…だけど、私たちは(俺たちは)…愛し合っている。
今は、そのことが私の(俺の)生きる支えだ。
二人の間の越えられぬ壁があったとしても、オスカルが(アンドレが)が居てくれることが俺達には(私達には)大切なんだ。

…私の、この体に巣食う病さえ忘れそうになるほどに。
すまないアンドレ。言えないでいる私を許してくれ。

…俺の、この目が光を失っていくことを消し去りたいほどに。
すまないオスカル。言えないでいる俺を軽蔑してくれ。

おまえを(おまえを)失いたくないのだ。

アンドレ…おまえの事だ。感づいているのかもしれない。
私の命の期限すらも、受け止めてくれるのだろうか?
残された時間、一緒に居て欲しい。
その後は…、わからない。
考える時間を、もう少しくれないか?
おまえの腕の中で、今少し考えさせてくれないか?

あと少し…待ってくれ。

あと少し…このままの二人の時間が愛しいから。



2013.8.19

幸せのかたち [サイドストーリー]

 狭い馬車の中での俺たちの指定席は、向かい側が基本だ。
いつからだろうか…隣に座り肩を貸すようになったのは?もう、ずいぶんになるな。

軍務は時として過酷だ。おまえは手を抜く事を知らないから…帰路はヘトヘトになっている事も多い。だが、部下の前ではピンと背筋を伸ばし身軽に行動する。そして帰りの馬車が走りだして暫くすると、決まって言う。
 「アンドレ。肩を貸せ」
俺は、まるで何事もないように隣に移動し並んで座る。夜は寝付きの悪いおまえが、揺れが心地いいのかスッと寝入ってしまう。俺は与えられた僅かな幸せと、これ以上触れてはいけない苦しみを同時に味わいながら…それでも、もう少しこの時間が続く事を願う…。ほんの少し前までの当たり前の光景。俺だけに許された…些細な幸せ。
 

「俺のオスカル…。」
何度、胸の内で叫んだのだろう。決して届く事はないのだと、絶望に近い気持で…二十年近くになるのだろうか…自分に言い聞かせ続けてきた。
「お嬢様は、このジャルジェ家の跡取りでいらっしゃるのだよ!」
解っているよ、おばあちゃん。心配してくれてありがとう。持ってきてくれた結婚話、いつも断ってばかりですまないと思っている。俺だって、あきらめようと馬鹿な事に精を出した事もあるし、強制的に他の女に目を向けようとしたけど…でも、駄目だったんだ。

俺の心が幸せで満たされるのは、オスカルが微笑む時だ。
心が引き裂かれそうになるのは、おまえが誰かを想っている時だ。
他は…たいしたことなどない。どうとでもなる。俺の幸福の基準はオスカルなんだろう。けれど、それは俺の誇りであり喜びなんだ、多分。他人とは全く違う。

だから…この想いは墓場まで持って行くつもりだった。そうだろうアンドレ?
日ごと夜ごと自分に言い聞かせてきた。
…あきらめろ!!…あきらめろ!悪い事は言わない…身分違いもいいところだ…あいつは…ジャルジェ家の跡取りだ。おまえがどうこう出来る存在じゃあないんだ。生きている世界が違う。何もかもだ。想う事は止められなくても仕方ない。だが、望んではいけないんだ。

なのに、俺はなにをした!?…なにをしでかした!!
抑えきれなくて…おまえが…おまえがフェルゼンの為に泣くのを見て…何かが壊れた。

隠さなくてはいけない想いだと知っていた。
それ以上に、わかっていて欲しいという気持ちがあった。
こんなにも愛しているのだと、おまえには知っていて欲しかった。
…身勝手な…俺の一方通行の感情。おまえが欲しくて、抱きしめたくて…この場で命が終わろうと構わなかった。
「それで…どうしようというのだアンドレ…」
…おまえの涙を見て…自分が何をしたのか知ったよ…。取り返しのつかない愚かな…許される事のない行動。己の欲情のままでしかない蛮行!何をオスカルに懇願したと思っている。抑えられない情熱の果てに、この世で一番守りたい人を…一番傷付つけた。

何故!…何故だ!…何をした!!…俺は…!?どうしてこんな事に…!

おまえを愛し過ぎたからと言って、免罪符になどならない!
旦那様に成敗されて殺された方がどれほど楽だろうか…。
俺は…自分で死ぬことは出来ない。それは…おまえから離れてしまうから。
成敗されたのなら、受け入れられるだろう。おまえへの愛ゆえに、愚かしさゆえに死んで行くのさえ悪くないと思えるだろう…俺は…。

怖かった。
どんなことより…おまえに嫌われる事が怖かった。
おまえに避けられ、言葉すら交わせなくなって「無視」される。
それは、死よりも辛いこと。

ジャルジェ家に居られなくなるのより、他人に蔑まれるより、おまえの人生に俺が必要でなくなることが何より…恐ろしい…!
…嫌だ…ああ…矛盾している。
こんな事を仕出かしておいて、嫌われたくないだと?…愚かだ…。


おまえは…そのどちらでもなかった。

何も言わなかった。
責める事もしなかった。
「わかっているのだよ。
…おまえがいつも影のようについていてくれるからこそ
私は思うままに動くことができる…」

傍に居て支えてくれるから、望むままに生きられると。
オスカル!
オスカル!
俺のオスカル!
おまえは俺を遠ざけないのか?
許してくれるのか?
この俺自身が危険人物のはずなのに?
何時…この抑えている想いが堰を切って溢れだすか、不発弾を抱えているようなものさ。

それでも…その黄金の髪を、姿を見ていたい。
おまえを守り支え生きていきたい。
笑顔も悲しみも怒りも愚痴も、皮肉めいた語り口さえも全て受け止めて、あらゆる敵から守ってやりたい。それが、俺の出来る事の全て。
おまえが望んでくれるなら…。
俺はこの世の「恥」なんて捨ててやるさ。
どの面さげても一日でも長く傍で支えて居たいのだ。
おまえの傍で生きる以外の人生は欲しくない。
おまえを愛せない「人生」など要らない。

…ああ…我を許したまえ。否、我を地獄へ、オスカルを守りたまえ。

ずっと一生このままでは居られない事くらいわかっていた。

ジェローデル少佐が旦那様に許されて、おまえの婚約者として屋敷への出入りを許された時、全てが崩れていくように感じた。
抑えていた感情は…地獄のように俺を引きずり込んだ。

…眠れない。
…食べる事もままならない。

手を伸ばせばおまえに届くのに
その白い肌に…口唇に触れられるのに

すべてが、俺には許されない!

身分、地位、財産。
何もかも持つ男がおまえをさらって行く。
ちくしょうっ!やめろっ!
ああっ!行くな!オスカル!行くな!オスカル!行くな…俺は!

「身分違いの恋にあきらめでもついたか?はっはっはっ…!」
「…もう一遍…言ってみろ…。
もう一遍!!ほざいてみやがれ!!」
「何遍でも言ってやらぁ!!目障りなんだよ!女に振られた時はな!ドバーッと…」

「ズガーン!!!!!」

…兵舎での発砲は、アランのせいじゃない。
本当は己を撃ち抜いてしまいたかった。
くそっ!そうでもしなきゃ、自分を押さえられない。おまえに触れてしまうから…。

届くのに…すぐに届くのに。この手をのばした…だけで…オスカル…。

この場所は…この距離は…。俺だけのものだった。
誰よりも近くでいろんな事を語り、おまえを見つめ笑っていられた。
愛される事はなくとも、俺だけのオスカルがそこに居て生きて行けた。

渡さない。渡したくない。渡せない!生きていけない!!

おまえを誰にも渡さない。そのための「毒」。
誰にも触れさせない…俺のものに…なる事は永久にない…でも!
…傍観など死んでも出来ない!他の誰かに身を委ねるオスカルを…俺は俺は!見ていられない。
正気はどこかに吹き飛んでいた。
毒の入ったワインで、オスカルを連れ去ろうと…だが…。
 
また、俺はお前に命を救われた。助けられた。
幼い頃を語る声音は…いつかおまえの為にこの命を掛けると誓った、アントワネット様の落馬事件の事を思い出させてくれた。

体が勝手に動いて…グラスを振り落した。

 なんという思いあがり…なんという自分勝手な…俺は…俺は…俺は…。
オスカルが助けてくれなかったら、この手で一番愛する人を殺めてしまっていた。
ああ、おまえを守ろう。オスカルに救われたこの命、惜しくなどないよ。未来など見えなくても良いいさ。ここに居られる限り、おまえを守るよ。
これが…俺の幸せなんだ。俺のオスカル!!



ガタンッ。激しく馬車がバウンドした。道が荒れていて、いつもここは揺れが酷い。
「う…ん。」
眠りから目覚めてしまったオスカルの腕が伸びてきた。
「アンドレ?」
「ん?」
「どうして、こんなに安心なんだろう?おまえに触れているだけで、胸が一杯になる…。」
そうっと、俺の襟元あたりを指でなぞりながら、おまえがつぶやく。
オスカルの黄金の髪を指で梳きながら、おまえの香りを胸いっぱい吸い込む。俺の頬に頭が触れている。鼻先で黄金の髪が揺れ、おまえの香りがしてくる。
こんな瞬間がくるなんて…思ってもみなかったよ。
 
「帰ったら、すぐに休め。身体がもたないぞ。」
「おまえは私と居たくないのか?」
少し、拗ねたような顔で横を向く。アラン達は知らないだろうな、こんなおまえの表情は。
「居たいよ、もちろん。だが、明日も早いし、ここのところ大変だったから。」
「だから…だ。おまえと居ると安心する。駄目か?」
「食事もあまり食べていなかったな?部屋へ何か運ばせるよ。ちゃんと食べろよ、身が持たないぞ。」
「…おまえが給仕をしてくれるなら、食べてやってもいい。」
「かしこまりました、お嬢様。お部屋へお訪ねします。」
オスカル流の甘え方。俺にはたまらない。
何とも言えない目線で、見上げてくる。ほんの少し頬に赤味がさして、フッと目を逸らす。
おまえの頬に、額に、薔薇の唇に口付けする。

俺の腕の中に身を任せているオスカル。
昔っから、拗ねたりふくれっ面をして文句を言ったりするのを見てきた。
そうだな、それを見てきたのは、俺とおばあちゃんくらいか。
本当に気を許した相手にしか素のオスカル・フランソワを見せる事はない。
だからかもしれない。
ずっと、オスカルを美しい一人の「女性」として見つめて来た。
俺しか知らない素のオスカル・フランソワ。
俺の自己満足。
誰も、フェルゼン伯もジェローデル少佐すら見た事がないのだと。


仕事に関しては、おまえの意を汲んで先回りする事も多いから、何事も頼み易いのだろう。,
細々した事を指示する手間が省けるから、俺が動く事が多かったが、最近は少し違う…。
各班への連絡事項や、パリの留守部隊への伝令は、大抵俺が行っていたのに、どうにも様子が違う。

「オスカル。俺、何かやらかしたか?」
「…何故?そう思う?」
「ここのところ、伝令やら司令官室を空ける仕事を言わないから。俺、司令官に愛想尽かされるようなマズイ事でもやらかしたかなって。」
「…おまえ…!ワザと言ってるだろっ!知ってるくせに!!」

にっこりと笑って、少し腕に力を込める。

「公私混同を…しないはずだろ?」
「私はしていないぞっ!アンドレ!!適任と思える人間に命じているっ!」
「俺は公私混同してしまってるよ。おまえの傍にいたくてさ、いろんな意味で。このポジションは誰にも渡せるものかと思ってやって来たつもりだ。」
「なっ…何をシレっと、大変な事を言ってしまってるんだ。」
「ハハッ。駄目か。真実だけど。」
「ば、ば、バカ者!…そ、そっそりゃ、他の人間に指示するのは…姿が見えなくなるのが…嫌だから…んっ。」

さっきより、ずっと甘い口付けを繰り返す。何度も、何度も。

 「オスカル。おまえ、お屋敷の中では大胆すぎるぞ。誰が居るかも考えずに抱きついてきたりするから。」
 「アンドレ、おまえだって私に…その…口付けするじゃないか!」
 「基本は部屋の中だ!…って、あの時は不可抗力さ、おまえが急に腕の中に飛び込んでくるから…つい…ははっ。」
「ずっと前に、おまえを…留守部隊への伝令に走らせて先に屋敷に帰ったら、たまらなくなったんだ。…おまえと離れるのは嫌だ。」
「本当はいけない事なんだろうけど、その言葉は俺の心に沁み込むよ。本当にうれしい。ありがとう。」

頬を真っ赤にしながら、俺の軍服の胸元に顔を押し付けている…多分。
俺にはわずかしか見えないから。だけど、手に取るように解るよ。長い付き合いだ。
 光が奪われ、おまえを見る事が叶わなくなる…。これが、俺への罰?それとも、オスカルの愛を得る為の代償か?
ああ、構わないさ、この一瞬が得られる為なら。
誰かと比べる必要はない。
今、確かにおまえに愛されているのが、俺であるなら…それだけでいい。
その為に、この瞬間の為に俺は生きてきた。
誰かより深く…とか、もっと愛して欲しい…とか、そんなのは要らない…。
本当だ。
おまえの人生を、心を、その大部分を占める人間が他に居ようと…構わない!
誰かを想うおまえごと、全てを愛するよ。
おまえの苦しみも、悲しみも、誰かを想う思慕も…全てが愛しい!おまえを愛しているよ。


あとどれくらいだろうか…。
この目の事を知られるのは…時間の問題だろう。
あと、どれだけの間、おまえとこの距離に居られるのだろうか。
盲目の俺では、護衛すら出来ないと旦那様は思われるだろう。
否、案じて下さるだろう。

その時、俺はどうするのだろうか。先はわからない。
今は…この一瞬一瞬を刻みつけて行くだけだ。
…長くは…続かない。知っている。
望みが叶うのならばこの命、おまえに捧げて幕を閉じたい。
おまえの役に立たない「人生」なら要らない。
許されるなら…。おまえを、おまえだけを守って、守って、生きて、そして死んで逝きたい。
そう思っている。おまえの盾にする命だ。…粗末にするつもりはない。
唯、おまえの傍に居て支えたい。

目の事を知ったら、おまえは、どうするだろう。
俺をなじるか?
俺を嫌うだろうか?

…今は、哀しみに暮れるおまえが浮かぶばかりだ。
二十余年、共に生きてきた。
俺が盲人になったからと言って、捨て去る様な人間ではない事を知っている。
…だから、言えない。出来る限り長く…時間を引き延ばしておきたい。これは、俺のわがままだ。俺の。
隠し通せるなんて思ってはいないよ。いつかは真実を告げなくてはならない事は覚悟している。

ああ、オスカル。
今、俺は限りなく幸せなんだ。他人には解らなくてもいい。
俺には俺の幸せがある。
他人から見たら滑稽だろう。
身分、財産、男としての力量!どれも、俺にはない。
ただ、全てを受け止めおまえを愛し抜く事しか、俺には出来ない。

今、心底おまえを愛する許しを得た。
おまえが、俺を受け入れてくれた。
それだけで、どれほどの幸福か計り知れないよ。
オスカル。愛している。この命を掛けて!

ああっ。おまえが欲しい。
許されない事だと知りながら、望んでしまう。
先は見えない。二人の未来も、行く末も。

見えなくて良いんだ、未来があると信じられるから。

「どうした?黙りこくって…。」
「…おまえに見惚れていた。なんて綺麗なんだとね。」
「これまでは、そう言われると腹が立っていた。軍人だから。…おまえに言われると…胸が熱くなるな。ふふっ、私も変わった…おまえのせいだからな!ふふふっ。」

俺の襟元をいじりながらクスクス笑うオスカル。
なんて可愛いんだ!
「そんな風に…おまえが笑うなんて、衛兵隊の連中は知らないだろうな。これは、俺の役得だ。」
「…そんなに…違うか?…それなら…アンドレ、おまえの仕業だからな。」
「あははっ。また、うれしい事を言ってくれるな!」
「思ったまま、感じたままいられるのは…これほど心地良いとは知らなかったよ。アンドレ、おまえと居ると、私は私で居られる。」
「俺だってそうだ。アンドレ・グランディエでいられるのは、おまえと居られる時だよ。」

ふわりと抱きしめ、熱い抱擁と口付けを繰り返す。

さあ、オスカル。
軽い食事を載せたワゴンを押して、今宵はおまえの部屋を訪ねよう。
どんな話をしよう?どんな口付けをしようか?
こんなに付き合いの長い俺たちは、今、始まったばかりなのだから。

 たちこめる暗雲の中に、それでも俺は希望を持って時を待っている。
ずっとそうして生きてきた。これからだって。
叶わぬ夢でも見ないより幸せだ。おまえと生きる未来…描く事は自由だろう?オスカル。

…俺のオスカル。
全てを愛してる。




2013.4.30

ずっと見ていた [サイドストーリー]

長い間…、私はアンドレの気持ちを知らずにいた。
父上や母上、育ててくれたばあやよりも…誰よりも長く一緒に生きてきたのに。酷い話かも知れないな。全く…。私は、自分の事となるとこの手の類いは苦手だ。
ふんっ!おまえも、なんとも上手に隠して来たものだな。俳優になれるぞ。ハハッ。だが、転職は私が認めぬぞ。肝に命じておけ。

私は青春の日々を掛け、ずっと、フェルゼンを想い、焦がれ、傷付き、ただ一度ドレスを纏って自分の気持ちに決着をつけた。後悔はしていないよ。
もう、あんなに誰かを想う事はないと思っていたよ。本当だ。

あの頃…。おまえの気持に、私が気付いていたら、ジャルジェ家でのおまえの立場は違うものになっていたかも知れないな。そうは思わないか?
私付きの従卒ではなくなっていただろうな。

何を言う!私だって、返してはもらえぬ想いを抱えて生きる辛さは、…知っているつもりだ。
自分ではない人間に、その人の想いが向いている事を知っているから、友の信頼を裏切らぬように振る舞ってしまうものだ。悲しい程に。そうだろう?
自分は友として存在する。厚い友情と信頼で結ばれている。だからこそ、壊さぬように裏切らぬように過ごす。まるで、拷問だ。
私がおまえの気持を知っていたら…、おまえをそんな場所から遠ざけたかもしれないだろう。
 そんな事はさせないって?…だから隠してきたのか?離される事をおそれたのか?誰にも悟られぬように、気付かれぬように私の傍に居たのか?
フェルゼンを想う私を、ずっと傍で見ていたのか、おまえは…。
私達は、幼い頃か一緒に居た。でも、あらゆるものが違った。身分も、価値観も、生い立ちも。人生もだ。
言っただろう…その手の類いは器用じゃない。大抵の貴族達のように、結婚と恋愛を分けてなど考えられない。その上、帯剣貴族のジャルジェ家の跡取りとして生きてきたのだ。
誰かと想いを通わしながら生きていけるとは、夢、思っていなかったよ。
そうだろう?貴族の結婚相手は「貴族」と決まっていたし、おまえとなんて、考えてみた事もなかった。おまえだってそうだろう?
 人とは不思議な生き物だな。法や社会のルールで決まっていても、心の方は勝手に動いて行ってしまう。許されない事とわかっていても、愛されないと知ってはいても、心は向かって行ってしまう。
 アンドレ、おまえは長い間、辛い事実を傍観しながら、私の傍に居てくれたのか?
周囲は私を「ベルサイユの氷の花」と呼んだ。でも、違う事を知っているのはおまえだ。
私の激しさも、弱さも…時には涙さえも、受け止めてくれていた。父上や母上に話せない事も、おまえにだけは話せた。
「素顔」のオスカル・フランソワで居られたのは、おまえと居るときだけだ。人に見せたくない自分も、隠すことなくさらけ出せた。まるで兄弟のように…、それ以上に近い存在だった。

私の、そんな姿をずっと、どんな気持ちで見ていたのだ…?
聞いたらこたえてくれるか…?答えは、いつもと同じか?ふふっ。

「ずっと、おまえを見ていたよ。オスカル。おまえを想っていた。」

変わらぬ笑顔を浮かべて、答えにならぬ答えを言う。

主従関係である事も、異性であることも、取るに足りないくらいの強い信頼と友情で結ばれていると信じていたよ。
ベルサイユ宮や近衛や宮廷で、アンドレを情夫や愛人と揶揄されようと気にも留めなかった。真実は違うのだから。
性別など、超越した私達の友情だと信じていた。
あの日…、おまえの激しい情熱をぶつけられるまでそう思っていたよ。

初めて、敵わないおまえの力を知った。
ずっと、剣では私が上だっただろう?手加減していたのか?そんなことはないか。おまえは優しいから…。私の剣の相手が務まらないレベルではだめだからな。あははっ。仕込んだのは私だ。見事な教え方だったろう?そこいらの衛兵隊員にはひけをとらないしな。

初めて、おまえに勝てないと知った。
体力も力も、男のおまえの方が数段上だと知っているよ。でも、勝てると思っていた。
ずっと主人である私が、おまえを庇護していると思っていたよ。ベルサイユの醜聞や世間の目からも、堂々と二人で行動することが、何もない事の証明だと思っていた。
本当は…おまえに守られていたんだ。馬車を襲撃された時も。父上の刃からも。

初めて…、おまえが怖いと思った。
男のおまえが本気だったら、いとも簡単に組伏せられてしまうのだと知ったよ。
不思議だって?父上に成敗されると思ったか?覚悟はしたのか。フン!殊勝だな。
そう言われれば…そうだな。ふふっ。
考えても見なかった。おまえが、二度としないと誓ったから信じたよ。
何事もなかったかのように、二人は変わらなかったろう?…処罰された方が良かったのか、おまえ?
私は嫌だ。
…えっ?危険人物だろって?アントワネット様の馬を暴走させた時もだが、あんな事をして咎められないのは、おまえくらいかもな…。ふふふっ。ああ、笑ってしまうよ。考えもしなかったよ。遠ざけようとは思わなかった。
…えっ?さっきと言う事が違うだろって?…そうか!?…そうだな。気が付かなかった。
二十代の頃とは違ったんだ。無意識におまえを求めていたのかも知れないな。
そもそも、傍に来てくれと部屋の中に招き入れたのは私だった。フェルゼンを諦めたのが辛くて…。傍に居て欲しかったんだ。まさか…ばあやに泣き付くわけにもいかないだろう。
…だから、必要なのだ。…おまえしかいない。遠ざける気はなかった。
私には、おまえのサポートと優しさが必要だったから。
初めて知った、おまえの力強さと激しさ…情熱も…嫌いじゃなかった。
…初めて…、一人の男性として見みつめた。私は女性で、おまえは男性なのだと強く意識した。
おまえの…熱い唇が…私に刻み込まれたんだ。違うんだ…他の誰でもない、おまえでなければいけないんだ。

ワイングラスを叩き落とした後くらいからだったか?
おまえは、私への想いを…視線を…隠さなくなった。それまで以上に誠心誠意尽くしてくれた。屋敷の使用人達も、父上も母上も周知の事実になった。誰も咎めはしなかったろう?ばあやだって。それほど、皆に信頼されていたからな。
ああ。気にするな。結局、何もなかったんだから。あれは、旨くないワインだったんだろう?
人間だから愚かな時もある。そんな時、いつもそうだが、おまえは自分で踏み止まるじゃないか。私を守ってくれている。

 私は、おまえに愛されていると感じた。いつも、おまえの愛にさらされて守られていた。それは…嫌じゃなかった。本当だ。むしろ…好ましくさえ思った。私の心が望んでいたんだ…誰かに愛される事を。
私達二人が、「男」と「女」だと意識した。私の中の女性が目覚めた。…おまえのせいじゃないか…!
 
ああ…おまえの胸はあたたかいよ。ずっと、ここに居られたら…どんなにいいだろう。
髪を撫でてくれるおまえの手が好きだ。
私が望む限り…ずっと抱きしめていてくれるおまえが好きだ。
熱っぽい唇も、甘い吐息も、優しく激しい口づけも全部。
懐かしいおまえの香りが…何もつけてはいないはずなのに…おまえの香りが私の胸を騒がせる。
こんな気持ちは知らなかったよ。想いを交わし合った相手と生きるのは、これほど胸を焦がすのか…これほどに深い想いが、湧いてくるものなのか…?
私は強欲だ…もっと、おまえが欲しい。私はこれほど愚かで、弱い人間なのだと知ったよ。
そうだな…私は変わってなどいない。気が付かなかっただけだ。この手の類いは苦手なんだ。気付かぬように、おまえが支えてくれていたからな。私に気付かせた罰だ。どう責任を取ってもらおうか?…ふふっ。今日のところは、甘い口づけで許してやるよ。

「…アンドレ。」

もう一度、口づけてくれる。この私が口づけをせがむなんて、誰も知らないだろう。…そう…おまえの特権だ。おまえだけだよ。「女」の私を見せているのは。
おまえと居ると、「女」の私が顔を出すのだ。…意識しているわけでもない。止めようとも思わない。「オスカル・フランソワ」がここに居るだけだ。
女である事を隠した事はないが、ずっと男として生きてきたのだ。男らしくあろうと、強く、潔く生きようとしていたのに…。そのままだって?外見はそうかもな。軍服を着ているし、私の生い立ちを知らぬ人間は、大抵、男と思うからな。
私は、一人では生きられないと知った。…強い愛が欲しかった。誰かに支えて欲しかった。おまえが傍に居てくれたから…愛する事が出来た。いつも傍に居たのが…おまえだからかも知れない。偶然と呼ぶのか?運命か?
ああっ!何とでも言ってくれ。笑うんじゃない。わかっているよ!だから、傍に居たんだろ!アンドレッ!

ジェローデルに聞かれた時すらわからないままだった自分の想い。
「アンドレ…グランディエですか…?彼のために一生、誰とも結婚しない…と?」
一つ目の問いにはうなずいた。
「愛して…いるのですか…?」
二つ目は答えられなかった。
今は違うよ、アンドレ。苦しいくらいに、おまえを愛している。
世間や宮廷は、「愛人」とか「間男」とか呼ぶのだろうか?私はおまえを落としめているのか?
私に縛り付けておく事は、おまえからいろんなものを奪っていやしまいか?

おまえは、微笑むだけだな。

そんな、…おまえが好きだよ。要らぬ事は言わない。私が欲しい言葉を言ってくれる。欲しい愛をくれる。不思議なほど控えめで。おまえが傍に居る「今」が愛おしい。
この身体に巣食う病も、このフランスの動乱も…、明日がどうなるかもわからない。
だから、「今」おまえと居たい。先の事はわからないからこそ、「今」はおまえの腕の中で甘えていたい。
許してくれるか…。何も告げない私を。
この病を告げても、おまえはきっと、変わらないのだろう?変わらず、…いや、これまで以上に私を愛してくれるのだろう?
おまえの事だ、気付いているのかもしれない…。言わなければ、いつまでも黙っていてくれるのだろう?…私の最後のわがままだ。許してくれ。言わなくてもわかっているよな…。きっと。

「俺は、ずっとおまえを見てきたよ。想ってきた。これからも傍に居るよ。オスカル。愛している。」

「アンドレ、愛している。」

2013.4.25


花弁(はなびら) [サイドストーリー]

7月14日夜の帷の中、粗末な馬車はジャルジェ夫人を乗せて走っていた。
夫人の目からは、尽きることはないと思われる程に、ハラハラと涙はこぼれ溢れる。

「王家に背いた謀反人は、ジャルジェ家とは関係ない!捨て置け!」

 ああ…あなた。そんなふうにしか愛情を表す事の出来ないあなた。
誰よりも王家に対し忠誠心厚く尽くしてきた人だもの。平民議員を守ろうとした娘を、一度は我が手で成敗しようとした人だもの。
でも、それと同じくらいに、いえ、それ以上に…、一番長く一緒に暮らした末娘への愛情と…悔恨に苛まれている心を感じる。夫の気持ちは痛いほど伝わってくる。
 
表に出さない分、余計に。

 私はどうしても、最後に一目会いたかった。愛する末娘のオスカルに!息子のように信頼しオスカルを託してきたアンドレに!
 こんな立場同士では…、そう、謀反人の子と王党派の親とでは、わがままな事かもしれない。でも、二人は多くの亡くなった方々と共に、どこかの墓地に葬られるのでしょう?
暫くのあと、人知れず墓参に行く事も…多分、叶う事はない。ならばせめて今、二人の姿を、この目に、この脳裏に焼き付けておきたいの。天の園へ旅立つその前に、会っておきたかったの。…謝りたかったの。


 何も言わずに、かくれるように出かけていくのを、黙って送り出してくれた夫。
ただ静かに涙を浮かべ、オスカルの肖像画の前で何か話しているようだった。
ねえ、オスカル、本当にお父様は後悔しておいでなのよ。普通に娘として育ててやれば良かったのかと。

 「たとえ何がおころうとも、父上はわたくしを、卑怯者にはお育てにならなかったと、お信じ下さってよろしゅうございます」

 ありがとう…。そしてごめんなさい。オスカル。
貴方は生まれたその時から、武官として生きる事を定められ、男として育てられた。
母親として悔いる事は山程ある。でも、何より謝りたいのは…、二人の事よ。

アンドレったら、貴方に対する気持ちを、本当に上手く隠していたわね。
衛兵隊に移る頃までは、兄弟のような親友のような…。貴方にとっても私達にとっても、本当に大事な存在で家族同様だった。
 アンドレが居てくれるからこそ、安心して男性でも過酷な軍務に、貴方を送り出していた。

 貴方が衛兵隊に移り、苦労している姿をみていた頃だったかしら。
屋敷で仕事をしている時や、貴方について行動するアンドレの…なにげない視線や態度に気付くようになったのは。
 本当に二人は、幼い頃から仲が良かった。気難しい貴方には、親すら手を焼いていたのに。不思議とアンドレの言う事には素直に耳を傾けていた。余程、ウマが合っていたのでしょうね。ずっと、その関係は、兄弟のような信頼関係だと思っていたわ。

しばらくしてから、貴方の視線の先に、アンドレを見るようになっていた。私も貴族のはしくれだったようね。余りにも身分が違う貴方達の事を心配したの。アンドレに主家の夫人として、あきらめるようになどと、諭としはしなかったけれど、女性ながら武官として生きる貴方にとって、良からぬスキャンダルの種になりはしないかと心配していたわ。

 あの日…、三部会の警備の為、遅くに屋敷へ帰って来た二人を見た私は…。

 「遅くなったな。明日も三部会は荒れる。早く休め。」
「アンドレ。…見ろ!…母上の庭が見事だ。」
「ああ。さすがは奥様だ。薔薇や他の花々も見事に咲いている。綺麗だ。」
「夜風が気持ちいい…少し…、ほんの少し…庭を散歩でもして行こう…。」
「オスカル、俺の言った事聞いていたか?おまえには休息が必要だ。ここのところの激務で、ろくに休息もとれていない。」
「…おまえは…冷静だな…。以前と変わりない…。」

アンドレの腕の中に、ふわりとオスカルが身を委ねた。

 「俺が?…馬鹿な。今だってそうだ…。」

二人は夜の庭の花々の中で口づけていた。

 「ふふっ。…やっとしてくれた。…私の事は忘れたのかと思った…。」
「おまえを、忘れることなんてない。」
「…おまえは…昼間は冷たい。いつもと同じだ。」
「俺は変らないよ。」
「…うん。」
「俺はずっと傍にいる。おまえの傍に。」
「…うん。」
「どこにも行かない。他に行きたいところなどない。」
「…わかっている。昼間は…隊員達がいる…。でも…ここに居たい…おまえの…ここに…。」
「俺の生きる場所は、おまえの傍だ。」
「…うん。」
「長い間、おまえだけを想ってきた。気が遠くなる程に…。」
「…うん。」
「今も…、いや、今まで以上におまえを…愛している。」
「…うん。」
「オスカル。俺は、おまえを愛している。」
「…うん。」
 「おまえだけだ。命あるかぎり。」
 「…うん。…私も。」

二人は口づけを交わし、アンドレに手を引かれ、つかの間の散歩を楽しんでいた。

幼い頃から軍服を身につけ、男性ばかりの軍隊の中で戦ってきたオスカルの人生。
誰よりも凛々しく、潔く、強くあろうとして来た貴方だった。
私は母親なのに、あんなに綺麗で女らしいオスカルを、見た事がなかった。私達が強いてきてしまった武官のとしての人生。その中に、女性としての素顔が、あんな風に隠れていたなんて…。
いままで、貴族として生きて見に付いていた価値観も、常識もどうでもよく思えた。


アンドレは知っていたのね。貴方が、アンドレだけに見せる素顔や弱さを、ずっと受け止め、大切に守って支えてくれていたのね。
私には、変える事の出来なかった貴方の人生だけれど、アンドレは、あるがままのオスカル愛し支えてくれていた、武官としてのオスカルも、女性としてのオスカルも。

ガタンッ。馬車が止まった。どうやら、パリの片隅の教会へ到着したようだった。
連絡をくれたロザリーが駆け寄ってきた。

「奥様!よく、ご無事で…。」
「ありがとう…。ロザリー。連絡に来てくれたご主人は無事かしら?」
「大丈夫です。」
 「二人に会えますか?」
 「こちらです。」

あまり時間はなかった。ぐずぐずしていては、ロザリーや他の皆さんが王党派と通じていると、あらぬ疑惑を与えてしまう。只、家族に会いに来ただけだとしても。

「ああっ!」
 
 二人は…、ひとつの棺に眠っていた。…幼い頃のように。

 「衛兵隊の皆さんが、…急ごしらえで…作って下さいました。オスカル様は…、息を引き取られる寸前におっしゃいました…。『ど…うか…私をアンドレと同じ場所に…私達はね…夫婦になったのだ…から…』と。…だから、…だから、どうかお許し下さい。お二人をご一緒にさせてあげて下さいませ。奥様…。」

ロザリーは涙を溢れさせながら、話してくれた。昨日、アンドレがオスカルを庇って銃弾に倒れた事。その時、もうほとんど視力を失っていたであろう事。後を追うように、今日、貴方が銃弾に倒れた事…。

ごめんなさいオスカル。こんな母親だけど見えるようだわ。
たった一日であっても、アンドレが居ない人生を生きる事は、どんなに辛かった事でしょう…。どんなにか孤独だったでしょう…。
 よく、耐えて指揮を執り続けたわね。きっと、アンドレが望んだのでしょう。武官として生きた貴方の人生を、最後まで全うして欲しいと。貴方は、それがわかるから、最後まで、剣を取り…。
 
 ごめんなさいアンドレ。オスカルの為に片目を失い、残った右目すら見えなくなっていたなんて。私達は気が付かなかった。本当に隠すのが上手ね…。主人やオスカルに知れたら、傍に居られなくなるのを恐れたのかしら。その見えない目で、どうやってオスカルを庇ったのかしら…。本当に、よくオスカルを守ってくれてありがとう。

  オスカルが後を追うように逝ってしまったのは、貴方達の絆かしらね。

「奥様、もうすぐ夜が明けます。それまでに、お屋敷に戻られませんと危のうございます。」
「ロザリー、お願いがあります。二人の着替えを持って来たのです。こんな時に親バカでしょうが…。二人には、血まみれの姿は似合わないと思って。せめてもの親心です。」
「奥様、お手伝い致します。」

アンドレにはよく着ていたお仕着せを、オスカルには軍服とドレスを持ってきていた。せめて上着だけでも着替えさせようと、オスカルの血染めの軍服の襟元をあけた時だった。

「ああっ!!」

オスカルの胸元には、アンドレに愛された証があった。まるで花弁(はなびら)のようにたくさん。くっきりと。私は、鮮明に二人の想いを目にした気がした。
ロザリーは、泣き崩れた。

オスカル、ごめんなさい。貴方は本当にアンドレに恋していたのね。身分も何もかも捨ててまで。
アンドレ、ありがとう。本当にオスカルを愛し抜いてくれたのね。命を掛けて守ってくれたのね。

私は、真新しい軍服の上着に着替えさせると、ドレスを上から掛けた。アンドレにはお仕着せを羽織らせた。

「オスカル。このドレスをアンドレは褒めてくれるかしらね…。綺麗だって。」

言葉少なにロザリーや隊員さん達に別れを告げ、教会を後にした。
オスカル、アンドレ。
主人に聞かせよう貴方達の事を。
二人が、本当に愛し合っていた事を。
きっと、きっと。
私は忘れない。生きている限り。
あなたに舞い散っていた花弁(はなびら)はとっても美しかった事を。

2013.4.18

 

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アンドレの選択  [アンドレ]

 最近、自分のマイブームとして、何回目かの〔ベルばら〕にハマっています。(笑)昔と違って、観たくなったらYOU TUBEなんかで、アニメもすぐみれるし、原作はいつも手元にあるし。

12歳の時、友人に勧められ押し付けられるようにコミック本を渡されたのが出会いです。いやいや読み始めた原作に魅了され、アニメ化さた時は、漫画上の架空人物が動く映像として現実感が増したようで、又また激しくはまりました。実写映画は観に行きましたが、自分の持つイメージと違ったので、哀しかったのを覚えています。
 連載された1972年当時は漫画の認知度も低く、「漫画を読むのは悪い子」と叱られたような(笑)時で、私自身の年齢も、小学校に行くか行かないかぐらいだったと思うので、読んでなかったです。初めて読んだのが中1の12歳。第1次宝塚ベルばらブームもスルーしてましたけど、あんまり熱心に言うので、コミック本を一気に読んで電撃的でした。漫画は好きで親の目を盗んでは買って読んだりしてましたが、カテゴリーとしたら白馬の王子様が現れ恋に落ちる的な、少女漫画チックなものがほとんどだったので、歴史にも魅かれましたが、OAの四半世紀余りの人生と恋愛模様が漫画で描かれるさまは、12歳の子供にはもうカルチャーショック!で。
子供でしたから大人の恋愛の模様が読み取れなくて、理解不能の部分がたくさんありました。だけど、オスカルとアンドレ、特にアンドレに惚れてしまいました。一見、白馬の王子様とは正反対の位置にいる(身分違いの)平民の男性が、四半世紀余りの年月を掛け、大貴族の(しかも男装の)令嬢オスカルのハートを射止め、たった一晩だけ結ばれて、愛する人をかばって死んで行くっていう悲恋なのか、ハッピーエンドなのかわからない感じですね。。子供だから、白黒ハッキリしてくれみたいな気持、すご~く強くて、なんでこんなあいまいな終わり方したのって。そこは謎でした。
 20代、30代、40代と自分も年齢を重ねてから読むと、視点が違って、又、魅了されてしまいます。
ローティーンの頃は、やっぱり恋愛は結ばれてこそ最高という夢もあり「あそこで死ぬなんてむごすぎる。それでもオスカルと結ばれて良かったね」と泣いてました。

20代は、オスカル一筋に尽くしぬいているさまを見て、たった一人の女性を生涯かけて愛しぬいてくれるっていう誠実さにあこがれ、こ~んな彼氏欲しいけど、男としてはどうなんだろうと考えてみたり。

30代は、若かりし頃に読みとれなかったOAが年齢を重ねていく様子に萌え~です。。アンドレが陽気で素直でおおらかで、ちょっとおっちこちょいな幼馴染みの少年から成長して行く様子。身分違いのオスカルを愛し、常に自分を抑える事を覚え、性格的にも控えめにみえて行く様や、表面的には隠していても、激しい情熱を持ち続けている様が、物足りなく見えた20代と違って、すごく大人の男の色気みたいなものを感じます。。
それと、漫画上では直接描かれていないけど、愛する人の傍に居るに相応しい人間になる努力を、陰でしてるんじゃないかって想像してしまう、描かないから広がっていくイメージなんかも妄想炸裂でした。

40代の今は、アンドレの成長は相手がオスカルだから、努力したっていうのが感じられます。オスカルも、男として育てられ生きてきたのに、アンドレの情熱に触れて、女として目覚めていく様子が描かれていて、『あちゃ~ツ』て感じです。これが、30年以上前に描かれたっていうのも、改めてビックリ。それで、最近何度目かのマイブーム状態で読んでいます。アニメの方も、あのシーンのところ・・・って感じてYOU TUBEから検索して観てます。

 秋の夜長って事もありますが、妄想モード全開です。OAは人生の時々にお互いに影響し合ってはいても、その時どう変わっていくかは各々が選択出来て、違う人生も選べたかもしれないけど、強い意志を持って選んだ形だという事も考えたりしてます。それでも、人間だから情熱にかられ、抑えが効かない(弱いのか人間らしいのか?)感情をぶつけるところと、あくまで貫こうとする強い部分、の両方をみせあっている。人生のパートナーとしてすごくうらやましく思います。長所と欠点と互いに見せ合いながら現実的に可能な事と、叶わない事があると知りながらも、魅かれあっているし、対等であろうとしているかのようにも見えます。
50代になって読んだ時は、また違う感想を持つと思います。

 私が、大ファンのアンドレの生き方を考えてみました。、二人は、それぞれの人生にあって、引き合ったり影響したりしながらも、常にゆるぎない信頼関係にあると思います。そんでもって、兄弟以上、恋人未満の状態が人生のほとんどで、ハッピーエンド好きにはちょっと辛い物語です。

でも、もしオスカルが、普通にお嬢様として育っていたら?
アンドレが、幼い日に芽生えた恋心を、命を掛けてもいい程の愛情へと深める前に諦めていたら?と考えてみました。もう、妄想炸裂!感情移入です。
オスカルが普通のお嬢様だったら、その従卒だったら、あんなに愛したんだろうか?多分、それは可愛い妹への愛情みたいな状態のところで止まっていたんじゃないかなぁと思います。。
それと、何故、途中で人生の方向転換をして、他の女性と家庭を築くという道を、選ばなかったのかって。。アンドレは、実る可能性のほとんどない、身分違いの恋に苦しみ抜いていたし、逃げるっていうんじゃないけど、現実的に割り切って、ロザリーみたいな子をお嫁さんにしてっていう、セカンド・チョイスはありなんじゃないかって。

そう思って読むと、オスカルから遠ざかり、そばを離れ去る苦しみより、そばに居て自分ではない誰かを愛するオスカルを見守り、『報われぬ愛に長い時をじっと耐え』る愛を選んだアンドレの選択を思うと、強い意志とオスカルへの愛ゆえの切なさとを感じます。
なんていうか、子供の頃は分からなかった事が、萌えポイントです。フェルゼンを思う片想いにやぶれ、苦しんでいるオスカルにとった強引な態度(強姦未遂)や、ジェローデルとの結婚話が浮上して毒入りワインで心中しようかとまで思い詰める様子が萌え~ツです。。許される行為ではないけど、抑えに抑えてきた情熱が一気に爆発して、一歩間違えたら『それ犯罪やんか』と突っ込みをいれたくなる、行動に出る所の矛盾なんかは、子供には理解不能で、なんでえ~ってモヤモヤ。でもこれが、逆にオスカルに女を意識させ、惹きつけるきっかけになっていく・・・。やっぱり大人になってからわかる萌えポイントです。。理代子先生、敬礼。





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ベルサイユのばら 原作漫画とアニメの違い [アニメ]

はじめまして、原作より35年以上を経ても、より一層魅力を放つ大好きな『ベルサイユのばら』の事を、他の管理者様のブログをのぞいては、コメントしたりして楽しんでました。ついに、自分で書きたい事も出てきてしまいまして、アナログ人間らしく、ゆっくりとコメントしながら行きたいと思います。
 初めの今日は、原作漫画とアニメです。
私は原作とアニメの、ちょこっとずつ違う設定?、エピソードやキャラ設定も、激しくどハマりしています。原作にしかない『毒入りワイン』事件や、アニメではオスカルとアンドレが愛を告白しあい結ばれるのは、フランス衛兵隊に戻る道すがらの森の中で、一見、両想いになったのはたったの一日であったりするところ、切なくて哀しくて心震えてしまう、萌えポイントです。原作ファンの方には邪道と言われそうですが、アニメのベルばらの世界観は、あれはあれで大好きで、原作の本来の奥深いストーリーも大好きです。
 12歳の時、友人に勧められ押し付けられて、いやいや読み始めた単行本に、4~5巻あたりからドップリとハマってしまい、オスカルとアンドレ、特にアンドレに惚れてしまいました。
アニメ化されるや『イメージ違うと嫌だなぁ』と思いながらも観ると、これまた、どストライクでした。
原作漫画はオスカル、フェルゼン、アントワネットの三人が主役で、アンドレは当初、脇役のはずだったのが、『黒い騎士』事件あたりから副主人公級にランクアップされ最後はオスカルと結ばれるという設定変更があったのに対し、アニメ化は原作が完結した後だったので、アンドレがわりと最初の方から、脇役ではなく主役級の一人として存在感があった事もポイントですが。
パチンコCRベルサイユのばらのCGアニメに至っては、ベルばらをフランス革命の時代に生きた、『四人の男女の物語』なんて解説されているらしいので(パチンコはした事もなく、YOU TUBEで映像みたくらいなんでわからないのですが)、アンドレ・ファンの私としては、原作とアニメの微妙な違いが、最初からアンドレが主役級だったらこうだったかな?と言う、仄かな期待をちょっとは実現してくれた感があるのです。でも、原作同様にもうちょっと、せめて数カ月、いや、2~3年位は二人の両想いの時間が欲しかったと思う方は多いんじゃあないでしょうか。(現実は、ないからこそ妄想を湧きあがらせるのですが)。
ファンとしては申し訳ない事ですが、アニメのサントラ盤を最近初めて聞いて、『星になるふたり』と言うアニメ本編には流れていなかった、ブロウニーと言う外人アーティストさんの歌う、フランス語の単語と、日本語詩の曲の存在を知り、携帯にダウンロードして毎日聞いては、アニメシーンを思い出し涙しております。










ベルサイユのばら―オールカラー (12) (中公文庫―コミック版)

ベルサイユのばら―オールカラー (12) (中公文庫―コミック版)

  • 作者: 池田 理代子
  • 出版社/メーカー: 中央公論社
  • 発売日: 1996/11
  • メディア: 文庫



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